カテゴリー「ネット活用 情報館」の記事

2014年1月26日 (日)

新聞切り抜きネット版 チェルノブイリ原発事故後の住民への健康被害について

最近、私が気になった記事をご紹介いたします。

以下は「食品と暮らしの安全基金」より

研究者が被害を隠していた 安全基金の活動と考え方(91)

2011年3月に0~18歳だった福島県の子に実施されている検査で、12人が甲状腺ガンと診断され、 別に、甲状腺ガンの疑いのある子が16人いたと、6月6日に報道されました。
 検査の責任者である福島県立医科大学の鈴木眞一教授は「最新の超音波機器を用いて専門医が実施したうえでの発見率。想定の範囲ではないか」と述べています。 国連科学委員会も同時期に「放射線被曝による甲状腺ガンの発生は考えにくい」と表明しています。小児甲状腺ガンが見つかるのは100万人に1~2人。 今回は、85~170人に相当する子がガンにかかっているので、異常に多いのです。
 福島で、2年で多数の子に甲状腺ガンが見つかったのは、理由があるはず。 ところが原子力ムラの専門家は、異常な実態の原因をしらみつぶしに調べて行こうとはせず、多いとは言えないと発言するだけです。
チェルノブイリ原発事故では、4~5年後から小児甲状腺ガンが多く発生したので、福島で、甲状腺ガンが多いのか、 そうでないのかは、2年たてば明らかになります。問題は、専門家が本気で原因追及を行おうとしないこと。
 なぜ、そうなったのでしょうか。
「因果関係の解明が不十分」として、放射能が原因の病気を少なく報告する研究者には研究費を出し、
病気が多いと報告する研究者には、「科学的厳密さが足りない」として、研究費を出さないようにすれば、被害を少なく見せるのは簡単です。
 ウクライナの学校では多くの子どもが体調異常で苦しんでいるのに、放射線の研究所のトップは、「ゲームが普及し、運動しなくなったから」と、平然と言いました。
こうして研究者たちも、事実を隠してきたのです。

以下は「ゴーマニズム宣言ライジング」より

そしてさらに20年経ったチェルノブイリ事故被災地住民の健康被害はどうなっているのかをレポートしたのが、先週紹介したNHKのETV特集と、同番組のスタッフが書いた『低線量汚染地域からの報告 チェルノブイリ26年後の健康被害』(NHK出版)である。

 先週は紹介しきれなかったが、ここにはまだまだ深刻な事態が報告されている。
 何より衝撃的なのは、事故当時18歳以下だった人たちの甲状腺がん発症が、今なお毎年右肩上がりに増えているという事実である!
 チェルノブイリ事故前はウクライナの子供の人口1200万人に対して甲状腺がんは年間4、5例。極めて珍しい症例だった。
 それが事故4年後の1990年には62例と急増した。
 そしてここ5年は、事故当時18歳以下の世代の甲状腺がん発症が年間600症例、取材の前年・2011年には700例を記録したというのである。
 甲状腺に集中して蓄積される放射性ヨウ素は、半減期8日と極めて短く、2か月ほどで0になる。つまり、これは長期間にわたる被曝によるものではない。1986年の事故当初2か月以内に受けた被曝の影響が、今なお拡大の一途をたどっているのだ!!さらに先週号でも書いたように、事故以後に生まれた子供にも深刻な健康被害が発生しており、健康な子供はわずか6%しかいない。78%の子供が慢性疾患を抱えている。
 ウクライナでは、白内障、免疫疾患、神経精神疾患、循環器系疾患、気管支系疾患、消化器系疾患と、あらゆる病気で健康状態の悪化が見られ、特に循環器系、すなわち心臓・血管等の病気は圧倒的で、がん以外の慢性疾患による死因の実に89%を占めるという。
 IAEAなど国際機関は、未だに白血病、白内障、小児甲状腺がん以外の病気については原発事故の影響とは認めないし、認めた病気も、発症に至る放射線量をものすごく高く見積もっている。
 現地の医師たちは、原発事故に関係のない地域ではありえない患者数の増加を目の当たりにしている。それなのに、IAEAなどは「放射線が原因だという証拠はない」と言い張る。
 その「証拠」とは、誰がいつ、どれだけの放射線を浴びたかというデータである。
 しかし事故直後の混乱や、ソ連当局によるカルテの隠滅などで、そんなデータはほとんどない。そのために、原発被災地だけで異常な健康被害が出ていようと、因果関係は証明できないというのだ!
 放射線と健康被害の関係を実証するためには、データは命綱である。
 ウクライナの医師は言う。
福島が心配です。今の日本で最も重要なことは住民の健康検査をし、そのデータをしっかりとることです
一番重要なのは、モニタリングし続けることです。それがなければ、対応策を練ることもできません
 しかし福島では、事故直後の住民の健康検査もモニタリングもしなかったし、今なお「不安を煽るな」とか言って、住民の健康検査には消極的である。
 そうして、将来不幸にして健康被害が生じた時、政府が何を言うかはもう決まっている。「データがないから原発事故との因果関係は証明できない」だ。

2013年12月26日 (木)

新聞切り抜き ネット版  原発の必要な理由について

私が最近気になった記事をご紹介します。

以下は武田邦彦教授のブログより

ズバリ!なぜ?1・・・原発を動かそうとする電力会社

目の前で無残にも5兆円企業が断末魔を迎えている。それは福島原発事故で重傷を負った東京電力である。それにもかかわらず原発を動かすのに執念を燃やす電力会社はなぜ??

【答】税金で高収益になるから
電力の総売上は約16兆円。そのうち原発は30%だったから約5兆円。それに対して直接的な毎年の税金が5000億円。だから黙っていても売り上げの10%を税金からもらうからぼろもうけである。つまり本来、原発は電力会社にとってうまみのないものだが、国家に10%を支払ってもらえるので、原発は儲かる。
(このほかに再処理費用、地元費用なども税金持ち。およそ1兆円。原発を止めれば消費税も減る。)

なぜ、原発に限って国が5000億円にもの税金をなぜ出すのか、それは次の機会に「ズバリ」で書く予定です。

(平成24710日)

ズバリ!なぜ?!・・・なぜ政府は原発にお金を出すの?

原発が特殊なものだったのはすでに40年ほど前で、今では世界で430基、ごく普通の発電方法になった。それなのに政府は年間5000億円ほど(直接的には4500億円)税金を使っている。

財政が赤字の中、なぜ原発に膨大な税金を出し続けているのだろうか?ズバリ、
「核武装のため」
である。つまり日本政府は原爆を持とうとしているのだ。

電力会社の社会の反撃は受けるし、事故の危険性はあるし、東電ですらつぶれる危険があるのだから原発などやりたくないのが普通である。でも5000億円をもらい、家庭用電力をアメリカの2倍に保ってくれる政府に貸しを作るためには経営のリスクは負うということだ。

消費税増税の隙間を塗って原子力基本法を改定して核兵器を持てるようにしたのも、原発が止まる事を想定したものだ。青森の再処理工場から大量の放射性物質が出ているが、絶対に止めない。再処理工場こそが核武装の施設だからである。

(平成24年7月13日)

以下は「食品と暮らしの安全基金」より

「「原発全廃」の世論を過半数に」 安全基金の活動と考え方(67)

原発推進派が、お金で専門家を釣り上げ、マスコミを支配して、電力会社と原発の悪口を言えないようにした上で、原発が一番安上がりの電力と言い続けて30年。 これだけ長期にわたって世論操作されると、ジャーナリストも、事故さえ起こらなければ、原発は安上がりの電力と思っている人がほとんどです。

 事実は違います。

 アメリカでスリーマイル島の事故が起きたのは1979年。
その前年には、新規発注が激減し、建設予定だった原発のキャンセルが相次いだというニュースが流れていました。 アメリカでは、原発で小さな事故が起こると、同型のすべての原発で改善工事が行われたため、運転中止期間が長くなって、稼働率が下がり、原発は採算が合わなくなっていたのです。 新規の原発も、安全のための投資が増えて、原発は発電コストが合わないと言われるようになっていました。 新規発注がなくなったところで、スリーマイル島の原発事故が起こったのです。 ところが、あたかもスリーマイル島で大事故が起こってから、原発の評判が悪くなり、建設できなくなったかのように日本では言われています。 「スリーマイル」以前にコストが合わなくなって、原発は新規に建てられなくなっていたことは、決して語られません。
 こうして世論は操作されているのです。事故が起きなくても、原発は放射能を環境に出さないために莫大なコストがかかります。 しかも、原発がつくる電力は常に一定で、深夜電力は7割引きで販売。コスト高なのに、ディスカウントで販売しているのですから、原発は採算が合いません。 それを、莫大な補助金で隠して、一番安い電力源として推進してきたのです。
 その理由は、敗戦後に、二度と原爆を落とされないように核武装するため、「原子力の平和利用」という名目で、中曽根康弘元首相が仕組んだからです。 「非核3原則」は、ウラで核開発を進めるためのカムフラージュにすぎません。 そのうちに、莫大な利権を得た政治家や官僚が、カネ目当てで原発を推進するようになり、マスコミも巻き込まれたのです。2011年7月1日発行 No.267より


加えて、国防で最大の弱点になっている原発をすみやかに廃止することです。
 原発は上からの攻撃に弱いので、精密誘導ミサイルで攻撃されたら確実に爆発します。 核燃料再処理施設、ウラン濃縮工場、もんじゅにも同様の弱点があるので、これらを廃止すれば、税金の無駄遣いが消えます。

 中国には、80基を目指して建設中の原発が国防の弱点になることを認識させ、原発建設と核兵器の増加に歯止めをかけながら、友好を模索すべきです。



2013年9月1日発行 No.293より

2013年12月 7日 (土)

新聞切り抜き ネット版 「農業改革」について  武田邦彦教授 現代農業 

私が最近気になった記事をご紹介いたします。

以下は武田邦彦教授のブログより

まず農業の従事者の平均年齢を見てみると、フランスは35歳から54歳ぐらいまでまんべんなく人が従事し、イギリスもほぼ同じだ。それに対して日本は65歳以上が半分という極端な状態で、2012年の平均年齢は68歳といわれている。

日本のほとんどの産業が65歳で定年を迎えることを考えると、すでに「農業」という職業は「無い」ということになる。それに米を作るには1年に1か月働けばよいし、会社組織の農業は実質的にできない。だから農業という産業は日本にないといってもよい。

Bandicam_20131105_152916756さらに、日本の農業は関税が高い。この表でわかるように、コメは778%という効率だし、そのほかの食料も軒並み高い関税をかけられている。もし日本が食料は輸入すると決めれば、食費はとても安くなるだろう。

もし仮に「必要な時にはすぐ食料が収穫できる」という技術ができ、「半年分の食料は備蓄してある」ということになると、日本は多くの農産物を輸入して安くておいしい食事をすることができるかもしれない。そのほうが平均年齢68歳の農業を保持するより良いかもしれない。

しかし、この問題は長く議論されても煮詰まらない。というのは農業を行っている人が現におられるということ、それが政治的な力にもなるし、日本人の希望はできれば日本で取れた食材を使いたいという希望もあるからだ。

私の個人的感じでは、従来の農業が年配者になっていることが好機だから、この機会に一気に「会社組織」だけにして、65歳以上の人は「農業定年」で半分にして平成の農業革命をするとよいと思う。そうすると農作物の値段は関税がいらないぐらいに下がると考えられる。(平成25114日)

以下は「現代農業」より

家族農業の大義
「和食の世界文化遺産」登録と「国際家族農業年」の意味を読む

各地域で、数人のおばあさんに集まってもらい、昔の食を思い出してもらい、実際につくってもらいながら聞き書きはすすめられた。当時の主婦たちの「食事つくり」とは、田畑で育てられた農作物、山や川や沼が恵んでくれる山菜や川魚など、そして海岸から運ばれてくる海産物、それらのすべてを頭に入れて、一年中家族全員に不足なく、楽しみながら食べ続けられるようにすることであった。

 人間が自然に働きかけ、自然が人間に働きかけ返す(自然に学ぶ)、その数千年に及ぶ積み重ねで日本の食文化は生まれた。「食」が農を育み、「農」が食を育むという日本の伝統的な家族農業がもつ「生産と生活の循環・一体性」のなかに、和食の文化は、その成立の根拠を見なければならない。さらに、その「食」と「農」は日本の「むら」(コミュニティ)の特徴である「自給」と「相互扶助(お裾分け)」の農村社会のなかで育まれてきたものである。

 この「和食」を、海外で知名度を上げ、和食に使う日本の農水産物や加工食品を海外へ輸出できるという浅はかなソロバン勘定に貶めてしまってはならない。ましてや、「攻めの農林水産業」で国内農水産物の輸出を増やすというTPP戦略の一環に利用されては、本末転倒である。

 山と田畑、川・海の循環、里山里海など、国民一人ひとりが美しいと感じるふるさとが伝統的な食文化の源泉である。それを育んできた家族農業を守ることなしに、「和食」の誇りを次世代に継承していくことはできない。「和食」を国民的財産として保全していく運動は、地域ごとに家族農業が立ち行くように新しい仕組みをつくること、これによって、そこに住むみんなが豊かになる地域再生をすすめる運動なのである。TPPとは真逆の世界なのだ。

「スモール イズ ビューティフル」で有名なイギリスの経済学者シューマッハは、そもそも、農業生産における人間と自然の関係は、最大利益を求めて世界を移動する自由をもつ企業とは根本的に異なるとして、農業の国際分業論を批判し、農業の目的を次の三つに整理した。

 (1)人間と生きた自然との結びつきを保つこと。人間は自然界のごく脆い一部である。(2)人間を取り巻く生存環境に人間味を与え、これを気高いものにすること。(3)まっとうな生活を営むのに必要な食糧や原料を自らつくり出すこと、の3点である。

 シューマッハは、現代の危機の打開にむけ、「人間の身の丈にあった技術」を生かした「大衆による生産」こそが、労働と自然の破壊をもたらす現代文明の危機を打開する唯一の道だとした。「世界中の貧しい人たち、農家を救うのは、大量生産ではなく、大衆による生産である」として、農村と小都市に何百万という数の仕事場をどのようにして作り出すかが、現代文明の危機を克服する核心であると主張したのである。この土台にあるのが自給を基礎におく家族農業であり、家族農業を基礎とする農村である。

 家族の次に社会の真の基礎をなすのは、仕事とそれを通じた人間関係である。その基礎が健全でなくて、どうして社会は健全でありえよう。そして、社会が病んでいるとすれば、平和が脅かされるのは理の当然だ。大衆をもっぱら消費する存在として拡大再生産していく現代社会を、「大衆による生産」に基づく社会に変革していかなければ人類に希望はない…これがシューマッハのメッセージである。

 今、急浮上している農政改革の直接的なはしりは、2007年、第一次安倍政権の時に実施に移され、戦後農政の総決算ともいわれた「品目横断的経営安定対策」である。担い手への施策の集中化・重点化をはかる観点から面積要件のみによって担い手を絞り込み、10年で40万の担い手を育成し、そこに生産の7~8割を集積することを想定したものである。この担い手絞り込み路線、小さい農家の離農促進政策は、民主党時代の「人・農地プラン」にもひきつがれた。

 しかし、この「人・農地プラン」のビジョンづくりは、政府の意図を超え、農村現場の努力によって家族農業とむらを守る共同活動としてすすめられている。

こうした地域による土地利用調整力の発揮、その広がりに業を煮やしたかのように、政府は「むらの話し合い」を促す「人・農地プラン」の法制化は見送って、「農地中間管理機構」法案を閣議決定した。農地利用調整の主体を市町村から「機構」に移し、「公募」による農外企業の参入も含め、農地の八割をTPPに対応する「強い農業」の「担い手」に集積することをねらったものである。

 しかし、こんな当事者抜きのやり方は農村をおかしくする。耕地は、非移転性、有機的連鎖性、非市場的性格をもつ地域資源の根源であり、その利用は、農家とむら、これをサポートする市町村や農業委員会、地域のJAが担ってこそ、その持続性が保たれる。

 自然とともに生きる農家は自然がそうであるように、個性的かつ自給的な存在であり、それゆえに共同が生まれる。

石油高騰、米価下落など、困難な状況だが、困難な時ほどこの「農家力」は発揮される。そして、これまでもこれからも、農家力が農耕文化、食文化を育み、「多面的機能」をもたらす。個的にして全的な存在―そこに「家族農業の大義」がある。

2013年12月 1日 (日)

新聞切り抜き ネット版  地球温暖化について  産経新聞、食品と暮らしの安全基金、武田邦彦教授

私が最近気になった記事をご紹介いたします。

以下は産経新聞より

地球温暖化防止 排出削減へエネ計画急げ

2013.11.26 03:13 (2/2ページ)主張

 一方、日本はCOP19で3・8%という低めの削減値表明を原発停止のために余儀なくされた。これは短期目標だったが、原発の再稼働が見えにくい現状では、15年中に国連に提出する新枠組み用の削減目標値をこれ以上、向上させることは困難だろう。

 福島事故を受けて見直し中のエネルギー基本計画は、年内策定に向けて議論されている。計画では、温暖化対策の観点からも原子力に重要電源としての明確な位置づけを与えることが不可欠だ。

 日本のエネルギー自給率は先進国中、際立つ低さである。原発に背を向ければ、火力発電所の化石燃料使用で二酸化炭素の排出は増加に向かう。15年提出の削減目標値は、日本の国際的な立場にも直接、影響を与えるものである。

 日本の環境技術を途上国で生かす方策も重要だ。政府は途上国を対象とした2国間クレジット制度(JCM)の普及に力を入れている。海外での二酸化炭素の排出削減分を日本の削減量としてカウントできれば、日本と相手国と地球に効果がもたらされる。

 原発とJCMを環境戦略に生かしたい。それが技術国・日本の進むべき道である

以下は「食品と暮らしの安全基金」より

心配な寒冷化


元・理化学研究所研究員、元名城大学教授
槌田敦氏にインタビュー

●数十年、数百年での気温変化

槌田 しかし、気温は、数十年単位で温暖化したり、寒冷化したりしています。 【図1】を見てください。屋久杉の研究で、1900年間の気候を復元した図です。これで、数十年単位で気候が変動していることがわかります。
この数十年は温暖化してきたのですから、そのうちに寒冷化がまた始まります。

【図1】屋久杉に刻まれた歴史時代の気候変動・(北側浩之)
屋久杉に刻まれた歴史時代の気候変動

- 槌田先生は、昔から寒冷化を心配されていましたね。

槌田 600年代の飛鳥期から900年代の平安期まで、 そして1700年代の江戸期から現在までは、細かく変動しながら、どちらも300年間で4℃ぐらい温暖化しました。 温暖化なら食糧が採れるので、どちらもいい時代なのです。 寒冷化すると食糧が不足します。すると、世界は大混乱しますから、 寒冷化の方がずっと大変で、それに備えようと警告しているのです。

●8000年で見ると寒冷化

- では、変動しながらも、300年ぐらい温暖化してきたのが現在ということですね。

槌田 それだけではありません。もう少し長期的なスパンで見ると寒冷化しています。 【図2】を見てください。8000年前から現在までの気温曲線で、縄文時代前期は今より暖かかったのです。 それが3300年前の寒冷化で縄文文化は大きな打撃を受け、2600年前に温暖化したころ、弥生時代が始まりました。 最近の3000年間では3回の寒冷期があり、その度に、激しい戦争と、民族の大移動がありました。 気温は変動を繰り返していますが、8000年にわたる流れを図で見ると、寒冷化に向かっていることは明らかです。 私は、この長期的な寒冷化傾向も重視すべきだと主張しています。

【図2】尾瀬ヶ原ハイマツ花粉分析による古気温曲線
     8%基準線は±3℃に相当する

尾瀬ヶ原ハイマツ花粉分析による古気温曲線
(坂口豊論文、専修人文論集51巻1993)

- さまざまな波があるわけですね。

槌田 そうですが、温暖化の後は寒冷化に決まっているのです。 数十年という短期の変動に注目するのであれば、次は寒冷化ですが、「ミニ氷河期」と言われるほどになるのかどうかはわかりません。

●資源浪費を防ぐのが優先

- CO2は温暖化ガスではないのですか。

槌田 温暖化ガスの代表格は水蒸気です。 寒い冬でも、夜中に雲があるとあまり冷えないでしょう。 このようなことを少し考えれば、水蒸気が最大の温暖化ガスであることは明らかです。 それに比べれば、CO2は本当に温暖化に関与しているのかわからない程度の存在です。 それを最大の温暖化ガスとしているところからして、CO2温暖化説はおかしいのです。

- 槌田理論を基に、私たちが「CO2を出してもかまわない」と言うと、「浪費を進めるのか」と、誤解されることもありますね。

槌田 われわれは「石油や石炭を減らして、資源の浪費を防ごうと」と言っているのです。 ところが「石油や石炭を使った後に出てくるCO2を減らそう」とすりかえられ、多くの人はわけがわからなくなったのです。それで、 どうでもいいCO2を「減らそう」と言っているのです。

- どうして「CO2を減らそう」となってしまったのですか。

槌田 1986年のチェルノブイリ原発事故で、原発の建設が世界中でストップしました。 そこで、原子力業界は各国政府に働きかけ、CO2温暖化説を唱える研究者に莫大な研究費を出させたのです。 つまり原発業界が仕掛けたワナなのです。

- 多くの人は「ワナ説」を認めないと思いますが、1999年に私たちが開いた公開討論会で、原子力 委員会専門委員の中村政雄氏が「原子力の人は乗っかっただけ」と、働きかけたことを認めたことがありましたね。

槌田 大気中のCO2濃度を正確に測定するには、工場や火力発電所の排ガスが直接影響を与えないように、 南極やハワイの山の上で測定しなければなりません。そうしたことも含めて、研究には莫大なお金がかかるのです。

●「CO2地球温暖化説」は間違い

- CO2の増加による地球温暖化説は間違っていると、槌田先生は学会で論争されていますね。それは、どういう内容ですか。

槌田 気象学者のキーリングが、CO2濃度を長期にわたって計測したのです。 するとCO2増加と気温上昇が一致したので、CO2の増加が地球を温暖化させていると警告しました。 これがCO2温暖化説の原点です。その後、キーリングは、より詳しく気温とCO2濃度の前後関係を比べました。 その結果は、気温の変化がCO2濃度の変化よりも1年ずつ早く生じていることを見つけて、発表しました。 気温が原因でCO2濃度は結果なのです。これは、根本順吉氏の『超異常気象』(中公新書)に引用されています。

- それからどうなったのですか。

槌田 このキーリングの研究は、CO2濃度について長期的傾向を除いて整理するという欠点がありました。 これでは短期的には気温が原因でCO2が増えることになっても、長期的には気温が原因といえるかどうか、わからないことになります。 そこで、共同研究者の近藤邦明さんと私は、長期的傾向を除くことなく、 気温そのものとCO2濃度の変化率の関係を示すデータ【図3】を得ることに成功しました。

【図3】世界平均気温偏差(℃)と大気中CO2濃度の変化率・(ppm/年)
世界平均気温偏差(℃)と大気中CO2濃度の変化率
この図では、1969年から2003年まで34年間にわたって気温とCO2の変化率が見事に対応しています。 変化率とは年間増加量と同じですから、気温によりCO2濃度の年間増加量が決まることになります。 つまり、気温の上昇が原因で、CO2濃度が増えることが実測データで証明されたのです。 これに対して、人為的なCO2が原因で温暖化したという通説では、この【図3】を合理的に説明できません。

●始まったCO2温暖化裁判

- 今回は、決定的にCO2による地球温暖化説を否定できたわけですね。

槌田 そうです。そこで、気象学会の会員でもある私は、近藤さんと共著論文を書き、気象学会誌に投稿しました。 すると、気象学会は【図3】を事実と認めながら、この論文の掲載を拒否し、私の口頭発表も拒否したのです。 人為的CO2による地球温暖化を唱える気象学会にとって、【図3】の事実は都合が悪いので、ないことにしようとしているのです。 これが科学者のすることでしょうか。

- 政治と同じですね。

槌田 それで、気象学会を相手に東京地裁に提訴しました(5月27日)。 ガリレイ裁判は、天動説に対する地動説の「宗教裁判」でした。 私の場合は、CO2で温暖化するのか、それとも、温暖化したからCO2が増えたのか、という「科学裁判」になります。 人為的CO2温暖化説を利用して、放射能を大量に残す原子力発電が世界に拡大しているので、 これに少しでも歯止めをかけるためにも、裁判に勝ちたいと思います。 そして、「CO2による温暖化」というバカ騒ぎを止め、【図1】や【図2】から予想される寒冷化に備えて、できるだけ早く準備を始めねばなりません。

月刊誌「食品と暮らしの安全」2009年9月1日発行 No.245

>>ミニ氷河期前兆?(月刊誌「食品と暮らしの安全」2009年9月号No245)

以下は武田邦彦教授より

もともと温暖化は、
1)500年ごとの寒暖の変化で、今は温かい気候のピークだ、
2)今年は日本は暑いが、日本より暑いはずの東南アジアは普通の気温、
3)21世紀に入って12年になるが、気温は僅かに低下している、
4)IPCC(国連の温暖化機関)が大がかりなデータ偽造があった、
5)NHKや日経新聞を中心としてこれまで温暖化の誤報が相次いだ、
(ツバル報道、NHKの児童向けホッキョクグマの歌などの大規模誤報)
などで動きが取れないのだ。

今年の猛暑は、第一に都市化、第二に高気圧の配置、第三に地球全体の温暖化(太陽活動など)によるもので・・・お知り合いの先生から次のデータをお送り頂きました。今年はペルー沖の温度が低く、太平洋全体では日本の周辺の海水温が高いようです。(この部分を追加しました)

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数年前からハッキリと予想されていたのだから、政府や自治体は猛暑対策を準備しておかなければならなかった。そのころ、CO2を減らそう、エアコンを控えようなどと言っていたのだから、まったくダメな政府だ。

2013年11月23日 (土)

新聞切り抜き ネット版  脱原発の可能性について 日本経済新聞、武田邦彦教授

私が最近気になった記事をご紹介します。

以下は日本経済新聞より

原発政策にはリアリズムが必要だ

2013/11/20付

理想論としての脱原発はともかくとして、改めて考えなければならないのは即時原発ゼロがはたして現実に成り立つのかどうかの政策のリアリズムの問題である。

 第1の変数は当面の経済だ。原発を停止したことで、火力発電の燃料となる液化天然ガス(LNG)や原油の輸入代金が2013年度は、東日本大震災発生前より3兆6000億円増える見込みだ。

 国富がそれだけ海外に流出しているわけだ。貿易収支の赤字はすっかり定着し、このままいけば国の稼ぐ力をあらわす経常収支がそう遠くない将来、赤字に転落するケースも想定される。その先、国債暴落、財政破綻という最悪の事態も招きかねない。

第2の変数は産業と日米関係である。日本と米国の間では原子力共同体といえるかたちができあがっている。東芝とウエスチングハウス、日立製作所とゼネラル・エレクトリック(GE)の企業連合がそうだ。日本は世界の原子力産業の中核を占めているという現実がある。

 それは日米に響く。アジアや中東で原発計画が相次ぐ中、日本が即時脱原発に向かえば日米連合による原発の受注は不可能になる。核拡散の懸念も出てくる。中国の台頭もある。米国は安全保障の観点からこの問題をとらえる。

 昨年9月、民主党政権下でエネルギー政策を決める際、米側から脱原発に待ったがかかり、決定の最終局面でドタバタ劇を演じたことを思い出せばすぐ分かる。

 第3の変数は技術だ。再生可能エネルギーやもう一段の省エネは開発途上で、原発の肩代わりが可能かどうかなお未知数だ。

 同時に、東京電力福島第1原発をはじめとして今後、廃炉を進めていかなければならない。そのためにも原子力技術を維持していく必要がある。技術の基盤が失われるのは何としても避けたい。

 核廃棄物の最終処分にメドが立たないのはその通りだが、原発即ゼロに動いたとしても使用済み核燃料が減るわけではない。

以下は武田邦彦教授より

原発の電気は安いのか?  専門家は誠意を持って

電気は火力発電で充分だ

原子力発電を止めれば再生可能エネルギーしかないというのはトリックである。

電気は火力発電で充分で、燃料としては天然ガス(豊富)、石炭(値段が安い)、それに若干の石油も使える。

もともと、原発も石油の代わりにウランを燃やすのだから厳密に言えば火力発電で、燃料が違うだけだ。

「原発を止めれば再生可能エネルギー」と言って、「再生可能エネルギーは非現実的」というような詭弁を弄してはいけない。日本の発展の妨げになる。

天然ガス、石炭の火力発電は原発よりコストが安い。大事故にはならない。石炭の環境技術は完成しているなど問題は無い。トリックを使って国民を騙すような政治家は信頼できない。

電力は火力発電をすれば充分足りるということを前提に原発の是非を論じるべきであり、天然ガスや石炭がなくなるといっているのは日本の一般人と政治家、マスコミだけで、エネルギーの専門家や海外で資源の枯渇を信じている人はいない。

(平成25717日)

2013年11月11日 (月)

新聞切り抜き  TPPについて 東京新聞11月11日

 

TPP(環太平洋連携協定)交渉が大詰めを迎えます。遅れて参加した日本は、事前協議などで米国への譲歩を繰り返しています。これが国益なのか。

 「何が秘密なのかも秘密」-。安倍政権が成立を目指す特定秘密保護法案に国民の不安が高まっていますが、TPPも徹底した秘密主義をとっています。内容が漏れれば、参加十二カ国の妥結に影響がでるからという。守秘義務を四年間も強いる異常さです。

 国民が知らない間に食や農業、医療や保険、教育、雇用、文化まで生活の基盤が根底から変わることが決まっていたら大変です。

◆守れなければ席を立つ

 懸念がなまじ誇張でないのは、交渉参加を認めてもらう段階から繰り返されてきた日本政府の譲歩ぶりからです。

 欧州が輸入禁止している米国産牛肉の安全基準を緩和したり、かんぽ生命ががん保険に参入せず、そればかりか日本全国の郵便局で米保険会社のがん保険販売を請け負ったり、米国の意向を忖度(そんたく)して軽自動車の増税方針を日本側が先回りして示す-。「入り口段階」で、こんな具合でしたから、本交渉では「さらに…」と不安が募るのは当然です。

 すでに与党内からは「聖域」として関税を維持するとしてきた重要五項目(コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖など)すべてを守ることはできないとの声が出ている。「守るべき国益を追求する」「守れなければ席を立ってくる」と強弁してきたわけですから、妥結後に「開けてびっくり」の内容となっていることは許されるはずがありません。

 本来、国の制度とか政策は、国民の命や健康、暮らしを守り、安全・安心な社会を形成するためにあります。しかし、TPPは関税引き下げなど貿易ルールだけでなく、暮らしを守ってきた制度も対象とし、いわば国のかたちの変更につながりかねません。

◆命か企業利益かの選択

 極端に市場主義が浸透した米国、とりわけ富の拡大を目指す「1%の勢力」にとって、各国の制度は邪魔なものです。そこで米企業や米政府が使うのが「競争条件を対等にせよ」という決まり文句です。いかにも正論に聞こえる「対等な競争条件」を錦の御旗に、邪魔なルールや制度を徹底的に壊すか、都合よく変えさせる。

 「TPPの本質は市場の強奪です。今の流れでは日本が大切にしてきた伝統や支え合い社会が崩壊する。『開国』が『壊国』になる」と東京大学大学院の鈴木宣弘教授(農業経済学)は言います。

 米国農産物の輸出拡大に日本の厳しい食品安全基準は邪魔、学校給食の地産地消奨励策も参入障壁だから変えさせよう、という具合に。これは、国民の命か企業利益かを選択する問題です。

 ところが安倍晋三首相は「世界で一番、企業が活動しやすい国を目指す」という。規制を緩め、税制を優遇し、外国企業でも思う存分、稼ぎやすいように配慮する。それは米国の狙いとピタリ符合してしまいます。

 「(株)貧困大国アメリカ」(岩波新書)など米国ルポの著作が多いジャーナリストの堤未果さんは、TPPに傾斜する日本に強い危機感を抱いています。中枢同時テロ後に米国で成立した「愛国者法」に似て言論統制法ともいえる特定秘密保護法案や企業利益を最優先するなど「米国をなぞるような政策が進行している」と見ます。

 米国で何が起こっているかといえば、刑務所や自治体、立法府まで企業に買われる。巨大化した多国籍企業は度を越した献金とロビー活動で政治と一体化し、企業寄りの法改正で「障害」を取り除いていく。企業の論理の前には国民の主権すらないがしろにされる社会です。

 堤さんは「もはや企業を無理やり縛ることはできません。米国では遺伝子組み換えの表示義務がないので不可能ですが、日本は組み換えでない食品を選ぶことができるよう(国民主権の)『選択肢』を残す必要がある」と訴えます。

 安倍首相は、TPPについて貿易自由化交渉と同時に重要な「安保防衛上の枠組み」との考えを示しています。米国や豪州などと結束し、中国などをけん制する意味合いなのでしょう。

 しかし、TPPが「仲間」と「仲間外れ」をつくるなら、第二次大戦につながったブロック経済と同じではないか。ガット(関税貿易一般協定)体制以前に「先祖返り」しかねません。

◆国民の幸せこそが国益

 国益を守るといった時、真っ先に考えるべきは、国民の幸せであってほしい。国民生活を大きく変容させかねない米国への配慮よりも、です。首相の考えと、国民の多くが抱く願いとのズレを感じずにはいられません。

2013年6月28日 (金)

新聞切り抜き ネット版

私が最近気になった記事をご紹介します。今回は原発問題について。

原発を持つ電力会社の経営陣のみなさん。今年の株主総会も「脱原発」を求める株主の声を一蹴しましたね。むしろ、「一日も早い再稼働」への執着を鮮明にされました。

でも、本当は気づいているのではないですか。もう昔には戻れない。原発を抱え続けるのはしんどい、という事実にです。気づいていないとしたら、それこそ驚きです。

事故を経て規制は格段に厳しくなりました。今後は基準が改定されるたび、すべての原発への適用が求められます。寿命間近で出力の小さい原発にまで、です。存続にこだわると費用はどんどんかさみます。

 廃棄物問題の先送りも、もはや限界です。使用済み核燃料棒の保管場所からして足りない。それゆえに原発を動かせなくなる事態が迫っています。

 しかも、安倍首相は電力システム改革を断行すると明言しています。きのうまでの国会で法案は成立しませんでしたが、方向性は変わりません。発電部門と送電部門が切り離され、競争が激しくなれば金食い虫の原発を維持するリスクはもっと大きくなるでしょう。

 釈迦(しゃか)に説法ながら、先を読み、自らを柔軟に変えてこその企業経営です。どうも、過去の経緯にがんじがらめになっている気がしてなりません。

 もう少し時間が必要でしょうか。みなさんの中から早く、真の意味での経営合理性を掲げ、「いち抜けた!」と方針転換されるところが出てくるのを期待しているのですが。

6月27日 朝日新聞

中小企業は困っている。電気代は高いし廃棄物処理費も高い。これでは日本でやっていけないと海外にでる。しかしそれは日本の大人のもっとも大切な仕事(子孫に仕事を残す)と反している。

御用学者の中には「日本の電気代はそれほど高くない」というグラフを出していたりするけれど、それは「世界で珍しい例」を出しているだけで、世界平均の2倍である。

でも、日本の電気代がどのぐらいか、世界と比較する必要は無い。「競争のないところコスト削減などあり得ない」という原理原則があるからだ。

その例の一つは、先日中日新聞が出してくれたように、天然ガスの買い付け価格が、日本が15ドル(millionBTUあたり)、ヨーロッパ11ドル、アメリカ3.5ドルと最も高い燃料を買っていることだ。

そして第二は「総括原価方式」という「ムダをすればするほど儲かる」という仕組みで、その図をネットから借用して示した。

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「関西電力が昨年、電気料金値上げを国に申請した際、社宅と寮の空き室計約2700室分の維持コスト(年約11億円)を電気料金算定の原価に含めるよう求めていたことが、経済産業省関係者への取材で分かった。」という奇妙な記事は私たちがいかにばかげた電気料金を払っているかがわかる。

昭和の初めには720社あって自由競争だった電力会社は、アメリカとの戦争を機に地域独占に変わり、「戦時体制」が今でも続いていて、御用学者やマスコミ、それに議員への資金供給元となっている。

原発と電気会社の独占を止めれば、お金が欲しいのではなく、本当に日本の将来を考える政治家が現れやすくなるだろう。

(平成25621日 武田邦彦 中部大学教授)

2013年6月14日 (金)

新聞切り抜き ネット版  農業構造改革について

私が最近気になった記事をご紹介いたします。今回は農業構造改革について。

「人・農地プラン」は、政府の「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」(平成23年10月25日決定)を地域で実際に進めるための施策である。その基本方針・行動計画の「はじめに」で、その目的とするところを次のように述べている。

「我が国の食と農林漁業は、所得の減少、担い手不足の深刻化や高齢化といった厳しい状況に直面している。農山漁村も活力が低下しており、食と農林漁業の競争力・体質強化は待ったなしの課題である。同時に、我が国の貿易・投資環境が他国に劣後してしまうと、将来の雇用機会が喪失してしまうおそれがある。こうした認識に立って、食と農林漁業の再生会議は、『包括的経済連携に関する基本方針』(平成22年11月9日閣議決定)にあるとおり、『高いレベルの経済連携の推進と我が国の食料自給率の向上や国内農業・農村の振興とを両立させ、持続可能な力強い農業を育てるための対策を講じる』ことを目的として、これまで精力的に議論を積み重ねてきた」

 ここで確認しておきたいことの一つは、「包括的経済連携に関する基本方針」が政府・財界・マスコミが至上命題とする「新成長戦略」、つまり「強い経済」の実現を目的としていることである。その意味で「人・農地プラン」はTPPや消費増税、原発再稼働と同根のものであり、そのどれもが「強い経済」を渇望する輸出大企業にとって欠かすことができないものなのである。

 そしてもう一つ押さえておきたいことは、「人・農地プラン」の施策を通じて、集落や地域ごとに、話し合いによって担い手(中心となる経営体)を定め、そこに過半の農地が集積するように集落全体で協力することで、その担い手が実質的な規模拡大を図り、平地で20~30ha、中山間地で10~20haの規模の経営体が大宗を占める構造をめざしていることである。

 戦後農業を支えてきた昭和一桁世代から次世代への大世代交代期を最後のチャンスとばかりに、半世紀にわたる失敗続きの「構造改革」についての反省もなく実施に移される究極の構造改革=「人・農地プラン」。だがこれによって、持続可能な「力強い農業」が実現できるのか。そもそも、競争力の強化などが問題ではなく、持続可能な「農家経営と地域社会」の再生こそが課題ではないのか。

先に挙げた「JAグループの提言」の「提言の概要」では「(1)わが国がめざす持続的発展が可能な農業のあり方」を次のように描いている。

「わが国は、国土面積が狭く中山間地域が多いことから、米国など大陸型農業のように数百・数千ha規模の大規模経営は不可能である。わが国が目指すべき持続的発展が可能な農業とは、規模拡大や価格競争力のみを追求することではなく、各地域の集落や農地の実態に応じて、資源を最大限に活用する形態の農業を持続的に発展させていくことである。そして安心・安全な国産農産物に対する消費者・国民の信頼関係のうえに、農業・農村の価値観を共有することである」

日本の伝統的な「家」や「ムラ」=共同体は、戦後西欧近代の理念的価値を基準に、「民主化」「近代化」の障害物として解体・克服の対象とみなされてきた。そしていま、「人・農地プラン」によって改めて問われていることは、日本の社会の基層にある「家」と「ムラ」=共同体を、グローバル化によってさらに徹底して解体する方向に未来を展望するのか、逆に、「家」と「ムラ」の復権、現代的に地域を再生する方向に新しい社会・経済を展望するのかの選択である。

現代農業 2012年12月号

2013年6月 2日 (日)

新聞切り抜き ネット版

私が最近気になる記事をご紹介いたします。今回は農業の構造改革について。農場の経営規模の拡大は必要か?

「農業の担い手の所得が10年で倍増する姿を目指す」。自民党が夏の参院選公約で掲げる目標だ。その実現に向け、政府は農地の貸し借りを仲介して経営規模拡大を図る管理組織の新設を打ち出した。

 農業の構造改革は、待ったなしの課題である。政府・自民党の取り組みを環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉参加への農家の不満をそらすパフォーマンスに終わらせてはならない。

 現在、地域の中心になる「担い手農家」が耕作している農地は全体の半分弱にとどまる。自民党の公約は10年で担い手に農地の8割を集約させ、再生可能な耕作放棄地もフル活用することを目指す。

 稲作農家の平均農業所得は、耕作面積が平均1ヘクタール程度の現状では110万円にとどまるが、20ヘクタール規模になれば1000万円を超える。ところが、規模拡大はなかなか進まない。一方で耕作放棄地は年々広がり、今では滋賀県の広さに匹敵する。

 そこで政府が打ち出したのが、都道府県ごとに農地の賃貸借を仲介する管理組織の新設だ。貸し出したい農家や耕作放棄地の所有者から管理組織がいったん借り受け、大規模農地に整備して希望者に貸し付ける。整備の費用は管理組織が負担する。株式会社が農地を借りて、農業に参入することもできる。

 都道府県ごとの農地仲介機関は今もあるが、売買を中心にしているうえに財政基盤が弱いため、実績は上がっていない。新しい管理組織は、それらを賃貸借中心に作り替え、数千億円規模の財政資金を投入して財政基盤を強化するという。農地の集約、耕作放棄地の解消に本腰を入れる取り組みとして評価したい。(毎日新聞)

島根県津和野町の農事組合法人おくがの村代表・糸賀盛人さん(64歳)の話は強烈だった。おくがの村は創立25周年を迎える歴史ある集落営農組織で、糸賀さんは、集落営農界ではカリスマ的存在感を持つ人物だ。その晩はお酒が入っていて、ますます舌好調。

 いったい何のために集落営農つくるんじゃ? おい、答えてみい。

 そうじゃ、正解。むらが続くため、地域を守るための組織じゃろう。逆にいえば、たかが地域を守るための集落営農に、「経営体として」とか「株式会社に」とか「六次産業化で自立せい」とか求めるのが本末転倒なんよ。そこんところの理念・哲学がしっかりしとらんと、「カネがつくから」とエサにつられて集落営農つくって、結局、路頭に迷うことになる。

 農事組合法人おくがの村は、「人・農地プラン」で農水省が言っとるのとは、向いとる方角が違う、いうことよ。だいたい「農地集積しろ」ばかりいうて、農地集積してメリットは何があるか?じゃ。おい、言うてみい。20~30町歩に集積したら、何がええんじゃ?

 集積したら、肥料代が安うなるか? 農薬代が安うなるか? 草刈り面積が減るか? どれもたいしたことないじゃろ。実質減るのは機械代だけなんよ。それぞれがトラクタやコンバイン持っとるのを、20町歩に1台に減らす。これは確かに大きいわな。

 じゃがな、機械を減らすのはいいが、それにともなって人が減ったらいかん。農地流動化は、すればするほど人が減る、家が減るんよ。おっ、書いとけや。わし今、大事なこと言ったわ。「流動化、すればするほど家が減る」!

続いて、宮城県加美町の農事組合法人KAMIXの近田利樹さん(54歳)も、「農村集落経営」ということを言った。「農業経営」だけを見るのではダメで、農村集落全体の暮らしも含めて考えていかなくては、という意味だ。

 仮に国が目標としているように30ヘクタール規模の農家を育成したとして、うちの集落は3軒の農家でまかなえることになります。いままで70軒あった農家のうち67軒は必要なくなる。その67軒が勤めだけで生計を立てなければならないとしたら、いまのサラリーを1.5倍くらいにしないとやっていけないことになる。……(中略)……それじゃあ農家も農村も考えてなくて、日本農業のことだけを考えている仕組みだと思うんですよ。

東京大学の安藤光義先生にもお話をうかがった。

おカネを稼ぐために農業をするというのが米国や豪州といった新大陸型農業の考え方ですが、むしろそれは特殊なあり方で、もともとはおカネを稼ごうが稼ぐまいが、むらには生活があり、そのなかで農業は重要な位置を占めていたわけです。経済優先で社会が成り立っていったわけではなく、社会を成り立たせることが最大の目標でした。むらには生活の論理がずっと貫かれていたのです。

 そうはいっても現代社会では農業の効率性が求められるし、経済の論理・経営の論理は当然貫かれるわけですが、経済と生活のどちらかだけで生きていけるわけではなく、集落はずっと両者を生活に根ざして調整してきたのです。では、そのどちらに重きを置くかといえば生活の論理のほうだと思います。

あちこちの現地取材ではっきり見えてきたのは、むらは「人を減らしての効率的な農業」をやりたいとは思っていないということだ。集落営農でなく、個別経営の担い手型大規模農家にも話を聞いたが、「自分たち大きい農家だけが生き残るような形では、むらは維持できない」という意見は共通していた。人と農地の問題を真に解決したいと思ったら、むらに住む人一人一人が、やり甲斐を持って農に関わっていくためのプランを、みんなで考える必要がある。

代々受け継いできたむらを、次の世代にも、そのまた次の世代にも受け継いでいってもらいたい。それさえできれば、人と農地の問題は解決で、別にそんなにバカ儲けするむらにならなくたっていいのだ。トヨタみたいなむらを全国津々浦々に作ることが目的ではないとしたら、何が何でも産業として経営体として成功する方向を目指さなくとも、地域のみんなが楽しく平和に静かに暮らしていける道を考えるプランでいいのではないか?

現代農業 2012年8月号

2013年5月24日 (金)

新聞切り抜き ネット版

私が最近気になった記事をご紹介いたします。今回は原発問題について。

また、原発報道に関しては、事故前の報道にも大きな問題があることも、われわれは後に痛いほど知ることとなった。安全神話は言うに及ばず、まったく現実味のない核燃料サイクル事業に兆円単位の税金を注ぎ込んでいた事実、電力会社社員の保養所維持費や広告宣伝費、御用学者を飼い慣らすための大学への寄付金まで電気料金として徴収することが認められていた総括原価方式と呼ばれる料金方式等々、なぜわれわれはこんなことも知らなかっただろうか。不思議なほど原発を巡る腐敗や癒着構造について、メディアは報じてこなかったことが明らかになった。

 原発に関する重要な事実が報じられてこなかった背景には、それが国策であったことや記者クラブ制度と報道機関内部の縄張り争いなど多くの要素がある。しかし、その中でもスポンサー圧力の問題は大きな比重を占めていた。何せ東京電力一社だけで年間260億円、電事連加盟10社で合わせて1000億円が、広告宣伝費として使われてきたのだ。そのすべてを一般消費者が電気料金として負担していたのかと思うと腹立たしい限りだが、そのスポンサーとしてのメディアに対する影響力は群を抜いていた。

 大半のマスメディアが広告宣伝費に依存した経営を行っている以上、この1000億円のパワーは、あらゆる批判や抵抗を無力化して余りあるだけの威力を持つ。

 そして、そのエージェント(代理人)として、スポンサーに成り代わって実際にその影響力を行使しているのが電通を始めとする広告代理店である。

 博報堂に17年間勤務した経験を持つ本間龍氏は、特に業界最大手の電通がクライアント(広告主)の意向を体現するためにいかにメディアに圧力をかけていくかを、実例をあげながら具体的に証言する。それは氏自身もかつて博報堂でやっていたことでもあった。

 本間氏によると、マスメディア業界は電通の支配力が圧倒的で、特にテレビ、とりわけ地方局は電通なしにはやっていけない状態にある。そのため、放送局の営業は電通の担当者からの「要請」は聞かざるを得ない。その関係を利用して、電通の営業マンは自分のクライアントにとって不利益となる情報や報道が出ないように、常にメディアと連絡を密に取り合い、必要に応じて報道に介入できる体制を取っていると本間氏は言う。つまり広告代理店、とりわけ電通の仕事の大きな部分は、単にCMを制作したり、広告主を見つけてくることではなく、広告主を「代理」して広告主の意向をメディアに伝えそれを体現することにあると言うのだ。

 実際、電通1社で4媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の広告市場のシェアは5割に及ぶ。博報堂を合わせて2社で7割を超えるという異常な業界だ。

要するに、代理店側は政治的な理念やら社会的な責務だのはほとんど全く考えることなく、単に億円単位で広告費を払ってくれるスポンサーの意向に忠実に動いているだけだし、メディア側はスポンサー圧力を受けにくいような工夫や努力を十分していないために、現在のような「スポンサー圧力はあって当たり前」の状態が続いているのだと本間氏は言う。

こうなってくるとなんだか身も蓋もない話に見えるが、このような「終わっている」状況にもようやく変化の兆しが見える。インターネットの普及によって、新聞、テレビ対する抜群の支配力を誇っていた電通の力が相対的に落ちてきていると本間氏は言う。また、電通が新聞やテレビ報道を押さえ込んでも、ネット上に情報が出回ってしまい、マスメディアの報道を押さえたことが、かえって逆効果になるような事態も頻繁に起きている。

(平成24年 フリージャーナリスト・神保哲夫のブログより)

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