逝去された恩師の思い出 令和1年6月27日
野菜セットには、野菜といっしょに「農場通信」もお配りして、野菜栽培の様子や農場の考え方などをお伝えしてしております。このブログでは、数か月前の過去の農場通信を公開してまいりたいと思います。
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逝去された恩師の思い出 令和1年6月27日
アジサイの花が美しく咲いております。皆さま、いかがおすごしでしょうか。
先日、私の農業の恩師、戸松正さんがご逝去されました。戸松さんは40年以上前に「帰農志塾」という農場を設立して、現在は栃木県那須烏山市で新規就農を目指す若者達を農場に受け入れて指導されてきました。新規就農者という種を新たに播き続けた方で、塾を卒業して一人前の農家として独立していったたくさんの卒塾生が日本全国に散らばっています。
私も2年間ほど帰農志塾に住み込んで、塾生として下積みさせていただきました。農薬を使わずに多種類の野菜を栽培してゆく栽培方法や、消費者と顔の見える関係を築きながら「野菜セット」という形で消費者に配送してゆく販売方法などを帰農志塾で学びました。
私を含めて塾生のほとんどが、それまで農業の経験のない素人なのですが、作物の栽培はもちろん、農場の経営や営業などの仕事も次々に任されました。素人ですので失敗をやらかすのですが、なぜ失敗したのか、戸松さんから容赦のない指摘が飛んできました。戸松さんは塾生達に、自分の能力不足を自覚し、自分の欠点を直視することを厳しく求めました。
戸松さんのご指導は常に真剣で、塾生は戸松さんに一人前と認められるようになるまでは独立することを許されませんでした。戸松さんと塾生達の間にいつも緊迫した空気が流れていて、気の弱い私には刺激の強すぎる毎日でした。私は失敗を繰り返しては塾にご迷惑をおかけし続け、けっきょく戸松さんから「お前はここにいても成長できないようだから、他に移ったほうがいい」と宣告されて、私は半人前のまま、塾を離れることになりました。
それから数日後、戸松さんより、「ウインドファミリー農場がお前を農場スタッフとして受け入れてもかまわないと言ってくれている」と伝えられました。市貝町にあるウインドファミリー農場は帰農志塾との親交が長く、ちょうどその頃、農場スタッフを新たに探していたようです。普段から戸松さんはウインドファミリー農場のことを塾生達によくお話されていました。
「小林、ウインドファミリー農場の農場スタッフになることを前向きに考えてみろ」と戸松さんが、それまでにお見せになったことのないような優しい表情をなさりながら、いつもと全く違う穏やかな口調で私にすすめてくださいました。私もポンと肩を押してもらった気分になり、何も迷うことなくその場でウインドファミリー農場にお世話になることを即決しました。
それから7年間、ウインドファミリー農場で下積みさせていただいた後、ウインドファミリー農場の敷地の一部をお借りして小林農場を設立し、私は農家として独立を果たしました。その頃、戸松さんは習字や彫刻に情熱を注ぎ始めていて、小林農場の看板を制作して私に贈ってくださいました。「小林農場風家」と漢字6文字が力強い書体で彫られた木製の看板です。他の卒塾生達にもそれぞれの農場名を彫った看板が戸松さんより贈られたようです。
つい最近まで戸松さんは度々、ウインドファミリー農場を訪れていて、そのついでに私の管理している畑も眺めてくださっていました。私が畑で仕事をしている姿を見つけると、「おう、よくがんばっているじゃねえかよ」と声をかけてくださいましたが、私は戸松さんの前ではいつも、ただ恐縮するばかりでした。厳しさと優しさが表裏一体になっているような存在でした。
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