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2017年3月11日 (土)

3.11特集 6年目 風化しなかった記憶

このブログでは毎年3月11日の恒例となりました「3.11特集」。福島原発事故にまつわる過去の4つの記事を、再公開いたします。

  ・福島第一原発事故発生。その後に起こったこと。

  ・食の安全性が脅かされた。その時の姿勢。

  ・「脱原発」を実現する方法 その1

  ・「脱原発」を実現する方法 その2

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福島第一原発事故発生。その後に起こったこと。

平成23年3月11日は多くの日本人にとって忘れえぬ永遠の日となりました。

その時私は、トラクターを運転しながら、畑を耕していました。トラクターの心地よい振動に身をまかせていると、突然、トラクター全体がバラバラに分解してしまうのではないかと思うくらいに、激しく横揺れし始めました。

トラクターのどこが壊れてしまったのか確かめようと、エンジンを切って座席から飛び降りて地に足をつけると、揺れていたのは大地そのものでした。わけがわからぬまま空を見上げると、電信柱をつたっている電線が、はち切れてしまわんばかりに上下左右に暴れまわっていました。

あまりに大きくトラクターが揺れたので、最初はトラクターを壊してしまったのではないかと思い、かなり焦りました。しかし、揺れの原因が地震によるものだと分かり、ほっと胸をなでおろして、トラクターの座席に座りなおし、運転を再開しました。

それから数回、トラクターの運転中でもはっきりと体に感じる大きな余震が起こっていました。

予定どおりに畑を耕し終え、トラクターを運転しながら公道に出ると、アスフアルトが地割れしている光景が私の目に飛び込んできました。「これはただの地震ではない」と気づいた時には、巨大地震発生から20分ほどがたっていました。

3月12日、巨大地震による被害で福島第一原発が水素爆発を起こし、大量の放射性物質が大気中に飛散してゆきました。政府や専門家が「放出された放射性物質がただちに人体に影響を与えることはないので、混乱せず、落ち着いてほしい。」と呼びかけていたので、私も普段どおりの生活を心がけることにしました。

一方、私に畑をお貸ししてくださっている地主さんはすぐに、ご自分の農場の全ての露地野菜の出荷の中止を決断されました。放射能物質を浴びてしまっている危険性があるからです。

「なるべく外には出ず、室内で待機していたほうがいい。雨が降ってきたら、雨には当たらないように。外に出る必要がある場合は、肌を大気に露出しないように全身を何かで覆って、マスクをつけたほうがいい。」地主さんより、放射能汚染から身を守るための丁寧なご忠告をいただきました。

事故は原子炉1基にとどまらず、3月12日から5日間の間に福島第一原発の複数の原子炉が次々に爆発、事態は刻々と深刻度を増してゆきました。私のまわりでも、栃木県の外へと素早く避難していく人も少なくありませんでした。

放射性物質は目にも見えなければ匂いもしません。なので、私にはさっぱり、自分の身が危険にさらされているかもしれないという危機感が沸かず、やりたい畑仕事が山ほどあったので、事故発生から数日後には、普通に畑仕事を再開していました。まだ放射性ヨウ素が降り注いでいた頃に土をいじくっていたので、私も少し被ばくしてしまったかもしれません。

原発事故から1週間後、栃木県産のほうれん草から暫定基準値を超える放射性物質が検出されたとして、栃木県全域でほうれん草の出荷は停止処分に。

小林農場の畑では、小松菜が収穫時期を迎え、出荷する予定でいました。ほうれん草と同じように放射性物質を浴びているはずの小松菜を出荷しても問題はないのだろうか?疑問に思って県に問い合わせてみると、「ほうれん草は検査したけれども、小松菜はまだ検査していない。」との返事でした。

「それじゃあ、小松菜も安全だとは言えないということですか?」とたずねると、「あまり心配しすぎると、栃木県産の野菜に対する風評被害が広がってしまうかもしれません。慎重に調査を続けたいと思います。」という回答がかえってきました。

当初の予定どおりに、小松菜を出荷してみました。私が初めて見つけた取引先からの初めての注文で、小林農場創立以来、記念すべき初の出荷でした。

出荷した後になって、安全性がはっきりと確かめられたわけでもない小松菜を出荷したことに罪悪感が沸きあがって怖くなり、気持ちが暗く沈みました。その頃、私のまわりの数軒の農家の方々は、事故発生後は、自分たちの作物を買って食べてくれる人々の健康を一番に考え、はっきりと作物の安全性が確認されるまでは、涙を呑んで全ての露地野菜の出荷を自粛していました。

小松菜を一度出荷したきり、しばらくの間、小林農場も全ての野菜を出荷することを自粛することにして、販路を開拓していくこともやめました。その間、出荷できるあてもないままに、畑に種を播いたり苗を育てながら暮らしていました。収穫されぬまま放置されていた小松菜は菜の花を咲かせ、きれいな黄色に畑は染まってゆきました。

事故発生1ヵ月半後、放射能検査を受けていた地主さんの畑の作物の検査結果が伝えられ、この地域はそれほど深刻な汚染を受けていないことが判明して、ようやく、出荷活動を再開することとなりました。

大災害や食の危険が脅かされるなどの非常時に小林農場はどのように対応していくのか。それが試された一件だったと思います。これから数年間にわたって向き合っていくこととなる放射能汚染の問題。注意深く対処していきたいと思います。

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食の安全性が脅かされた。その時の姿勢。

昨年の秋から今年の冬にかけて講演会に何度か足を運び、放射能汚染についての勉強をいたしました。生協の方々からの報告もお聞きしました。安全な食品をお客さんに販売したいとの想いから生産者と顔の見える関係を築き、長い間ずっと地産地消に取り組んできた方々です。

原発事故により地元産の作物が放射能汚染を受け、安全を求めるお客さんから、食品を地元以外から仕入れてほしいとの要望が挙がりました。それでもその生協は、顔の見える地元の農家から農作物を仕入れることが食の安全を守るうえで一番確実と考え、放射能測定機を導入して販売する作物を検査して安全性を確認しながら、地元産の作物を販売し続けたようです。

このような生協の姿勢は、きっと、生協に出荷していた農家の方々を勇気づけたことでしょう。今までコツコツと積み重ねてきたお互いの信頼関係が、この非常時に結実していく様子がうかがえました。

福島県と隣接する栃木県北部の那須町や那須塩原市では、深刻な放射能汚染を受けました。その那須塩原市で行われた講演会で、地域がどのように放射能汚染と向き合ったか、お話を聞いてまいりました。

住人の方々がとても活発に動いたようで、放射能測定機を導入してこまめに地域中を測定して、日常生活を送る上でどのようなことに注意しなければいけないのか、何度も話し合いを持ったようです。

日本政府は食材に含まれる放射能物質の規制値を100ベクレル/kgと定めていましたが、その規制値では緩すぎて食の安全性を守れないと考えた那須塩原市の住民の皆さんは、チェルノブイリ原発事故後の周辺各国が定めた規制値の37ベクレル/kgという厳しい数値をこの地域にも採用していくことを決めました。

「原発事故後は怖くて地元の野菜を食べられなかったけれども、今では食べられる。食品の測定を続けて、那須塩原市で37ベクレル/kgを超える野菜はほとんどないことがわかったので。」と住民の方が語っていました。

原発事故後、福島県や東北・関東地方の農作物は、買い控えられるようになりました。特に子を持つ親御さんたちの心情を考えると、しかたがないことなのかもしれません。

ただ、原発事故が起こる前から、食の安全はさまざまな要因で脅かされていました。今はどうしても放射能汚染ばかりに注目が集まってしまいますが、他にも、農薬の毒性の問題、食品添加物の問題、食品表示偽装の問題などもあります。極端な例では外国から輸入された冷凍ギョーザから毒物が検出されてそれを食べた人が重症になるという事件もあり、顔の見えない遠い場所から食品を入手することの危険性が指摘されることもありました。

福島周辺にくらしている人々が放射能汚染を避けるために他所から輸入された食品を選ぶのも一つの選択だとは思います。ただ、遠くから輸入された食品の中には、放射性物質は含まれていないかもしれませんが、他にどんなものが含まれているのかははっきりしません。

食の安全を守るためには、けっきょくは生産者と消費者が顔の見える信頼関係を築いていくしかないと思います。今回の原発事故のような非常時が起こった時に、生産者と消費者が不安を打ち明け合いながらいっしょになって考えれば、危機をのりこえていけるのではないのでしょうか。

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「脱原発」を実現する方法 その1

  この4月より電力が自由化され、私たちは電力会社を選んで電気を購入できるようになりました。私は風力や水力などを利用して発電する自然エネルギーに力を入れている電力会社を応援したいと思っています。

日本の中でどこよりも大量の電気を必要とし消費しているのが東京です。数年前までは、福島などの地方に設置された原発で電気を発電し、東京へと電気が送電されていました。東京に原発を作って発電すれば、わざわざ遠い所から送電しなくてすむのに、政府は首都で原発事故が発生したら大変なことになると考え、地方に原発を建ててきました。5年前の原発事故で犠牲になったのは、最も電力を消費してきた東京ではなく、福島でした。

電気を消費する者たちはみんな、自分たちの電気をどのように安全に確保してゆくかを真剣に考えなくてはいけないはずです。しかし、発電の現場と消費の現場があまりにも離れすぎていると、電気の消費者は発電の現場に関心が持てなくなります。原発事故が発生するまで、多くの人々は原発の危険性に無関心でした。「自分たちの電気は自分たちの地域で作らなくてはいけない」という法律ができたとしたら、東京で暮らす人々も自分たちの地域にわざわざ危険な原発を建設しようとは思わず、原発以外の発電方法を真剣に探すことでしょう。

「自然に優しい」と思われがちな自然エネルギーですが、風や水の力を人間が電気を作るために利用すれば、生態系になんらかの悪影響を負わせることになると言う専門家もいます。ただ、どこの地域でも風も水もあり、自然エネルギーによって地域で電気を自給しやすくなります。原子力発電のような特定の地域に大きな負担を集中させるような発電方法ではなく、発電の負担は各地域が自分たちで受け持つようになります。

自分たちが使う電気を自分たちで作ることにより、それによってまわりの自然環境にどのような影響を与えているのか、人々は深く考えるようになるのではないでしょうか。その意味は大きいと思います。

毎年4月から5月の中旬にかけては、収穫できる野菜が最も少なくなる季節です。現在お届けしている小松菜やほうれん草は2月に種まきして、ビニールトンネルをかけて保温して育てました。できるだけ自然な環境の中で野菜を育てる方針でいる小林農場としては、ビニール資材を使って作物の生育を早めるやり方は本来のやり方ではありません。しかし、この季節はビニール資材を利用しなければ本当に出荷できる野菜がなくなってしまうので、この時期だけは例外的にビニール資材を利用しています。

  小林農場は1年を通して休むことなくみなさんに野菜セットをお届けしていくことを優先に考えています。農場で農産物を生産して皆さんにお届けし続けることにより、生産の現場と消費の現場を常に近くに保っていたいと思っています。消費者は生産の現場を、生産者は消費の現場を、お互いに無関心になることなく関わり合う「地産地消」が、今後安全な食やエネルギーを確保してゆくのに大切になるかと思います。

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「脱原発」を実現する方法 その2

8月11日、九州電力の川内原発が再稼動。今まで約2年間、日本の全ての原発は停止していましたが、再び日本は原発を稼働してゆく方向へと舵を切りだしました。近いうちに関西電力・高浜原発や四国電力・伊方原発なども再稼働されてゆく見通しです。

私は原発は必要ないと思っています。原発がなくても必要な電力は十分に足りています。他のどの発電方法よりも原発による発電はコストが高く、今まで稼働させるために巨額の国民からの税金が投入されてきました。

原発は地球温暖化ガスを排出しない地球環境にやさしい発電と言われたりしましたが、その効果もかなり限定的です。もともと地球温暖化防止を目的にして作られた技術ではないのだから。

それよりも、原発は処理ができない大量の核廃棄物を後世に残します。地球環境問題を真剣に考えている人は、原発を「環境にやさしい技術」とは思わないでしょう。

原発事故は悲惨な環境汚染をもたらします。そのことを日本人はつい最近に嫌というほど思い知ったはずでしょ?

原発を再稼働しなくてはいけない理由が私にはわかりません。政治家や電力会社が「原発利権」を守りたいから原発を再稼働させているとしか思えません。

来年、参議院選挙があります。私は脱原発を公約してくれる立候補者に1票を投じたいと思います。

選挙によって脱原発に取り組んでくれる国会議員を1人でも多く増やしていくこと。こうする以外に脱原発を実現してゆく手段は思いつきません。

今回の川内原発再稼動で悔しい思いをされているみなさんは、必ず来年の参院選挙で選挙権を行使してください。福島第一原発では多くの農家が酷い目にあいました。一人の農家としてみなさんに、脱原発に取り組む立候補者に票を投じてくださるよう、お願いいたします。

原発事故は自国を滅ぼし、他国にまで被害を及ぼすものすごい破壊力があります。選挙では経済対策や社会保障に注目が集まりますが、どんなに経済が好調ですばらしい社会保障が構築されたとしても、原発事故が起きればそんなものは全部吹き飛ばされて無になるでしょう。選挙戦では安全保障も注目されていますが、もし政治家が国民の安全を真剣に考えるのであれば、まずは国民の命を危険にさらしている原発を取り除くことを一番最初にやらなければおかしいです。

個人が一生懸命にインターネット上で脱原発を訴えたり、集団で「原発反対」のデモを行っているだけでは、脱原発は実現されないでしょう。選挙で脱原発を訴えている候補者に1票を投じて脱原発を実行してくれる国会議員の数を少しでも増やしていく以外に、脱原発を実現してゆくための有効な手段はありません。脱原発を切望する一般庶民にとっては、選挙権は唯一の有効な武器であり、この武器を使わない手はないでしょう。

 

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