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2013年6月 2日 (日)

新聞切り抜き ネット版

私が最近気になる記事をご紹介いたします。今回は農業の構造改革について。農場の経営規模の拡大は必要か?

「農業の担い手の所得が10年で倍増する姿を目指す」。自民党が夏の参院選公約で掲げる目標だ。その実現に向け、政府は農地の貸し借りを仲介して経営規模拡大を図る管理組織の新設を打ち出した。

 農業の構造改革は、待ったなしの課題である。政府・自民党の取り組みを環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉参加への農家の不満をそらすパフォーマンスに終わらせてはならない。

 現在、地域の中心になる「担い手農家」が耕作している農地は全体の半分弱にとどまる。自民党の公約は10年で担い手に農地の8割を集約させ、再生可能な耕作放棄地もフル活用することを目指す。

 稲作農家の平均農業所得は、耕作面積が平均1ヘクタール程度の現状では110万円にとどまるが、20ヘクタール規模になれば1000万円を超える。ところが、規模拡大はなかなか進まない。一方で耕作放棄地は年々広がり、今では滋賀県の広さに匹敵する。

 そこで政府が打ち出したのが、都道府県ごとに農地の賃貸借を仲介する管理組織の新設だ。貸し出したい農家や耕作放棄地の所有者から管理組織がいったん借り受け、大規模農地に整備して希望者に貸し付ける。整備の費用は管理組織が負担する。株式会社が農地を借りて、農業に参入することもできる。

 都道府県ごとの農地仲介機関は今もあるが、売買を中心にしているうえに財政基盤が弱いため、実績は上がっていない。新しい管理組織は、それらを賃貸借中心に作り替え、数千億円規模の財政資金を投入して財政基盤を強化するという。農地の集約、耕作放棄地の解消に本腰を入れる取り組みとして評価したい。(毎日新聞)

島根県津和野町の農事組合法人おくがの村代表・糸賀盛人さん(64歳)の話は強烈だった。おくがの村は創立25周年を迎える歴史ある集落営農組織で、糸賀さんは、集落営農界ではカリスマ的存在感を持つ人物だ。その晩はお酒が入っていて、ますます舌好調。

 いったい何のために集落営農つくるんじゃ? おい、答えてみい。

 そうじゃ、正解。むらが続くため、地域を守るための組織じゃろう。逆にいえば、たかが地域を守るための集落営農に、「経営体として」とか「株式会社に」とか「六次産業化で自立せい」とか求めるのが本末転倒なんよ。そこんところの理念・哲学がしっかりしとらんと、「カネがつくから」とエサにつられて集落営農つくって、結局、路頭に迷うことになる。

 農事組合法人おくがの村は、「人・農地プラン」で農水省が言っとるのとは、向いとる方角が違う、いうことよ。だいたい「農地集積しろ」ばかりいうて、農地集積してメリットは何があるか?じゃ。おい、言うてみい。20~30町歩に集積したら、何がええんじゃ?

 集積したら、肥料代が安うなるか? 農薬代が安うなるか? 草刈り面積が減るか? どれもたいしたことないじゃろ。実質減るのは機械代だけなんよ。それぞれがトラクタやコンバイン持っとるのを、20町歩に1台に減らす。これは確かに大きいわな。

 じゃがな、機械を減らすのはいいが、それにともなって人が減ったらいかん。農地流動化は、すればするほど人が減る、家が減るんよ。おっ、書いとけや。わし今、大事なこと言ったわ。「流動化、すればするほど家が減る」!

続いて、宮城県加美町の農事組合法人KAMIXの近田利樹さん(54歳)も、「農村集落経営」ということを言った。「農業経営」だけを見るのではダメで、農村集落全体の暮らしも含めて考えていかなくては、という意味だ。

 仮に国が目標としているように30ヘクタール規模の農家を育成したとして、うちの集落は3軒の農家でまかなえることになります。いままで70軒あった農家のうち67軒は必要なくなる。その67軒が勤めだけで生計を立てなければならないとしたら、いまのサラリーを1.5倍くらいにしないとやっていけないことになる。……(中略)……それじゃあ農家も農村も考えてなくて、日本農業のことだけを考えている仕組みだと思うんですよ。

東京大学の安藤光義先生にもお話をうかがった。

おカネを稼ぐために農業をするというのが米国や豪州といった新大陸型農業の考え方ですが、むしろそれは特殊なあり方で、もともとはおカネを稼ごうが稼ぐまいが、むらには生活があり、そのなかで農業は重要な位置を占めていたわけです。経済優先で社会が成り立っていったわけではなく、社会を成り立たせることが最大の目標でした。むらには生活の論理がずっと貫かれていたのです。

 そうはいっても現代社会では農業の効率性が求められるし、経済の論理・経営の論理は当然貫かれるわけですが、経済と生活のどちらかだけで生きていけるわけではなく、集落はずっと両者を生活に根ざして調整してきたのです。では、そのどちらに重きを置くかといえば生活の論理のほうだと思います。

あちこちの現地取材ではっきり見えてきたのは、むらは「人を減らしての効率的な農業」をやりたいとは思っていないということだ。集落営農でなく、個別経営の担い手型大規模農家にも話を聞いたが、「自分たち大きい農家だけが生き残るような形では、むらは維持できない」という意見は共通していた。人と農地の問題を真に解決したいと思ったら、むらに住む人一人一人が、やり甲斐を持って農に関わっていくためのプランを、みんなで考える必要がある。

代々受け継いできたむらを、次の世代にも、そのまた次の世代にも受け継いでいってもらいたい。それさえできれば、人と農地の問題は解決で、別にそんなにバカ儲けするむらにならなくたっていいのだ。トヨタみたいなむらを全国津々浦々に作ることが目的ではないとしたら、何が何でも産業として経営体として成功する方向を目指さなくとも、地域のみんなが楽しく平和に静かに暮らしていける道を考えるプランでいいのではないか?

現代農業 2012年8月号

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