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2013年3月20日 (水)

新聞切り抜き ネット版

私が最近、気になった記事をご紹介します。今回も原発問題について。

環境省は、「避難指示解除準備区域」と、これより年間被曝線量が高い「居住制限区域」の除染を来年度中に終える計画だ。

 それを実現するうえで、最大の障害となっているのが「1ミリ・シーベルト問題」である。

 除染の枠組みを作った民主党政権は元々、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準に沿って、年間積算線量が20ミリ・シーベルト未満なら居住が可能との見解だった。1ミリ・シーベルトは、あくまで長期的な目標と位置付けていた。

 ところが、徹底除染を求める地元の要望を受け、達成困難な1ミリ・シーベルトが当座の目標値となった。

 除染の遅れについて、環境省の幹部は「1ミリ・シーベルト問題が大きなネックになっている」と認める。福島県の佐藤雄平知事も、今では「達成できる数値を示してほしい」と政府に求めている。

 2年前の原発事故当時に比べ、放射能のリスクを冷静に受け止める人が増えてきている。

 病院の放射線診断では、1回の被曝量が約7ミリ・シーベルトになることがある。肥満の発がんリスクは200~500ミリ・シーベルトに相当するという試算もある。

 政府は除染目標を見直し、1ミリ・シーベルトが危険と安全の境界ととらえられている現状を変えていくべきだ。避難住民が安心して元の家に戻れるよう、放射能に関する正しい情報を丁寧に説明するのも、政府の役割である。

(2013年3月9日01時55分  読売新聞)
被曝によるガンなどの発症は、早くても4年、普通は10年はかかります。日本はここ20年、一貫して「一般公衆の被曝限度は11ミリ」として来ました。これには、政府ばかりではなく文部科学省、専門家が総出で決めていたことです。
1)今まで11ミリが被曝限度と言っていた「偉い人」が120ミリまで大丈夫と言っている、2)被曝によって体の異常が起こるのは早くて4年、普通は10年で将来のことだから今すぐ判らない、3)あまり辛いことはできないけれど、できる範囲では家族の健康を守りたい、この3つを納得して行動し、安心した生活を送りたいものです。

自分が納得でき、10年後に反省しなくても良い方法を決めるもっとも大切なことは「医学的に判っていない」ということをしっかり頭に入れることです。医学的に判っていないということは10年後の状態は「神様しか判らない」ということです。ドイツは1年0.1ミリ、世界と日本は11ミリ、文科省は120ミリ、ある海外の物理学者は1月(1年ではない)100ミリ・・・こんなに離れているのですから「本当は1年何ミリまで安全」などと断定できる人がいるはずもありません。

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年先のことで、しかも医学的に不明なのですから、神様しか判らないのです。それを文科省や自治体のお役人、NHKなどがいくら「大丈夫」と言っても「大丈夫の根拠」が無いのは誰の目で見ても明らかなのです。

・・・・・・

そこで、私は次のように考えています。 「どのぐらい被曝したら子供が可哀想なことになるのか本当なところは誰にも判らない。でも事故前と同じ状態なら何が起こってもあきらめることができる。それ以外の場合はあきらめられない。だから、事故前の状態をなんとか頑張る」ということです。

もし、11ミリ以外の基準があるなら、それは事故前に21年間も余裕があったのですから、変更されているはずです。かりに11ミリ以外の数値を言うなら、当然、専門家でなければなりません。そして専門家なら11ミリの決定に関係していますから、まず「私は誤っていました。どこを誤っていたかというと・・・」と説明してからでないと、同じ人が2011年の1月には11ミリと言い、4月になると1100ミリになるのですから、それは信用おけません。

よく「安全・安心」と言い、「安全」と「安心」は違うと言います。1年何ミリか誰にも判らないのですから、「安心」するには「事故前の状態」以外にはあり得ないのです.その点で、自治体のお役人、学校の校長先生、マスコミは日本人の心を不安にする言動にはくれぐれも注意して「11ミリ」以上は危険とハッキリしてください。

・・・・・・・・・

ところで、決定的な「二枚舌」をすこし紹介しておきます。資料の最初のものは経産大臣が発電所の放射線による被曝限度を通達したものであり、ハッキリ11ミリとしてあります。これほどハッキリ書いてあるのに「11ミリなどと危険を煽っている人がいる」などと言えば、不安を煽るだけなのは当然です。断固として11ミリを貫けば安心は拡がるでしょう。

信頼できる政府、信用できる人というのは「何か不都合なことが起こっても言うことは変わらない」ということでしょう。そして人間は相手を信用できなければ安心できません。(平成23年10月19日 武田邦彦 中部大学教授 のブログ)

水俣病やその他の公害などで私たちが学んだのは、「怪しければ注意する」ということであって、「怪しくても学問的な確実性がなければ、安全とする」というのは間違っているのです。

この歴史的経験と、それに基づく簡単な原則を大人が守る勇気がないことを本当に心配しています. 私たち科学者や医師は「被曝しても子どもは大丈夫」というほどハッキリしたデータや学問的知識を持っているのではありません。(平成25年1月4日 武田邦彦 中部大学教授 のブログ)

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